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2007.10.24

分からない


「分かる」とは「分ける」ことだと言います。
対象を他のものと区別して認識できる
ということが「分かる」ことなのだと。

そこで、

区別して認識するということは、その間に
必ず境界が引かれることになるでしょう。
境界が引かれるということは、その境目で、
互いの限界点が接しているということになるでしょう。

つまり「分かる」とは、
思考の中に、ある種の限界を設け、
その範囲内に納得することとも言えるわけです。

ならば、
いっそ「分からない」ままに考え続けた方が、
脳にとってはいい運動になるのかも知れません。
この記事へのコメント
HITTER鶴さん、おはようございます。

上のようには書きましたが、
もちろん僕にとっても「分からない」より「分かる」ほうが嬉しいです。

「スカッと」って、たった一つの言葉でもたらされたりしますよね。
今までさんざん考えてきたのに分からなくって、
ある言われ方をされた(ある言葉=概念 に触れた)途端に、
いっきに分かっちゃうという。

永遠と瞬間に同じく、スカッとともやもや、
その両極端を受け止めつつ、自らがつなぎ目となって行き来する。
みたいなイメージでしょうか。
Posted by sekikawa at 2007.10.25 08:18 | 編集
非常に私にとってタイムリーな論題なので参加させていただきます。
もやもやして何となくわかりかけてきたことを、理路整然とした他の視線から説明を受けてスカットしたばかりだったので。
人生というものはスカッとしてみたり、もやもやしてみたりの繰り返しで何か普遍的なものが見えてくるのではないでしょうか。
Posted by HITTER鶴 at 2007.10.24 22:11 | 編集
ともちゃん、こんばんわ。

イマイチ分からないままに
自分の頭の中に広がっていた事について、
他の視点からの説明を受けて「分かった」瞬間に、
なんか、つまらなくなったんです。

こんなんだったら、分からないまま
あーでもない、こーでもないと想像してた方がよかったな~って。

自分の気持ちも相手の気持ちも、
完全に分かることって、きっとないでしょうから、
そこんところキモに命じてけば柔軟になれるかな・・・

カマキリ、まさに「!!!」が狙いでーす。
Posted by sekikawa at 2007.10.24 20:48 | 編集
あおちゃん、おはよ。

分からないことだらけですよ。
自分の気持ちも相手の気持ちも。
想像して想像して自分の中の考えと合う部分で
「わかった」ことにしたり。
そっか、分からないことにして悩んだ方が脳にはいいのかもね。

↑カマキリ、スクロールして下がっていったら
・・・こっち見つめてる!!!びっくりしたよ~~~
Posted by ともちゃん at 2007.10.24 08:40 | 編集
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