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2008.05.30

水の茶室




水の茶室を観てきた。

言葉の似合わない空間、
とでも言ったらいいのか。

形容のための言葉を探しはするけれど、
どれも足らず、どれも適わず、
といった感じで、そもそも
言語化には向かないものらしい。

茶、だし。


こうやって
ブログの様なものを書いていると、
なかなか気付きにくいことがある。

あるものを、
本当に言葉で表現する必要があるのだろうか、
ということ。
言葉を添える、補う、加える、言い換える、
そんな必要が本当にあるのだろうか、
ということ。

その(言葉の)世界に無いものを、
無理やりその中に閉じ込めて、
見つけたつもりになっていやしないか?
ということ。

よく考えてみた方がいい。
この記事へのコメント
miyacoさん、お久しぶりです。

miyavoさんのコメントを読ませてもらって、
つくづく、自分は不自由なんだなぁ、
と思いました。

「必要なのか?」と疑問に思う時点で、
もう既に、言葉にしなければいけない、
という前提に立っちゃっている。

そういえば、僕の場合、
「したい」がいつの間にか「しなければ」に変わっていて、
苦しくなっていることがよくあるような気が・・・(笑)

理由なんて考えずに、
もっと「したい」を追求しなきゃ。
Posted by ichiro at 2008.06.04 07:24 | 編集
お久しぶり!元気ですか??


必要か。という問いは私には無意味だなぁ。
多分私は、したいから表現する、のです。
言葉だったり、写真だったり、音だったり。

同じ日に同じ場所へ旅をした人の写真も、
私が撮ったものとはまるで違っていたりする。
で、現像した写真を見せられて初めて、
その人の見ていたものに気付く。
言葉も似たようなものではないかと思います。

誰かの見た物が、その人の感性で切り取られることを、
垣間見る瞬間が、私は好き。
Posted by miyaco at 2008.06.02 21:54 | 編集
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