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2007.09.26

おかしいですね。


遊びに、カメラを持っていくと、
遊びに来たのか、写真を撮りに来たのか、
分からなくなる時がある。

先のことを考え過ぎると、
その「先」のために今を使いきってしまって、
本当の「今」がなくなってしまうことがある。

ときどき立ち止まって考えないと、
何のための「それ」なのかを、見失う。

おかしいですね。
この記事へのコメント
こうめさん、こんばんわ。

上の灯籠は浅草です。
写真より、もっともっとたくさんあって、
綺麗で、ちょっと幻想的でもありましたよー。

そうそう、話はハズれますが、昨日、例のまめ本を拝見しました。
かわいくって、良くできてましたねー。
ふたりで「こうめさんは、本当に作るのが好きなんだね」って
感心していたところです。
アルバム作りも、きっと凝っちゃうんでしょうね。

前のカメラが古いぶん、
今回の新しいのはかなり良くなった(つもり)なので、
また何かあったら言って下さいねー。
Posted by sekikawa at 2007.09.27 21:26 | 編集
HITTER鶴さん、いらっしゃいませ。

すみません。
永ちゃんも、ファウストも、読んでないんです。
(うーむ。これはどう返したらいいんだろぅ・・・)

僕は、あらゆることをギリギリまで放っておくタイプなので、
もし時間が止まったとしても、たぶん、
また動き始めるまで何もしないでしょー(笑)
それで「やろうとしてたこと」が結局は、またギリギリに・・・
Posted by sekikawa at 2007.09.27 21:19 | 編集
なつめさん、こんばんわ。

思うに、親は感情移入しちゃうから、
ファインダーの中は二の次で、結果的に
いい写真も撮れないことが多いと思うんですよね。
(ま、こういう場合「いい写真」である必要はないかもですが)

本当に見るべき人は、ナマでじっくりと、
それとは別に、「いつか」のための
専属カメラマンがいたらベストなのですが・・・

なかなか、そうもいきませんよね。

僕も、写真の方が好きかな。
「記憶」は必ずしも「再現」である必要はないのでしょうね。
Posted by sekikawa at 2007.09.27 21:09 | 編集
こんにちは。

どこに遊びにいったんですか?

上の写真、きれいですねー。

イチローさん、あたらしいカメラだし、
だって、写真が好きだから、しょうがないですよね。


わたしは、デジカメになってから、
旅行以外のおでかけで、ほとんど写真をとらなくなりました。

帰ってきてから、どんぐりをパチリ。
そこに、いろいろ写ってます。

でも、ほんとうは、たくさん撮ってアルバムを作るのも好きです!

Posted by こうめ at 2007.09.27 08:52 | 編集
おじゃましまーす。

やっぱり『時間よとまれ』という不可能なことに挑んでしまう人間の性なのではないでしょうか。
ところで矢沢栄吉はゲーテのファウストを読んでこのタイトルを決めたのかどうか知りたいです。
Posted by HITTER鶴 at 2007.09.26 16:32 | 編集
ああ、本当に。子どもの学校行事などに行くとつくづく思います。ファインダー越しじゃなく、しっかり自分の目と脳ですべて記憶しておきたい。でも「いつか」のために、写真にも残しておきたい。これから運動会シーズンですからね。ますますそのジレンマに悩みます。

うちにはビデオもありますが、私はあんまり好きではありません。動画はそれが動くから、なんとなく再現されたような気分になってしまうけれど、その「とき」を生きなおすことは決してできないから。だから、記憶の断片のような写真のほうが、好きなのかも知れません。

あ、申し送れましたが、ブログお引越しおつかれさまです。これからもふらりふらりと寄らせていただきますね。
Posted by なつめ at 2007.09.26 08:09 | 編集
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