2008.02.16
風邪と坐禅と新潟
2007.12.19
呼吸。

調身・調息・調心。
姿勢を調えることにより、
まずは呼吸を調え、
それによって心を調える。
坐禅の意味や効用には色々あるかと思いますが、
日頃パソコンに向かうことの多い僕は、
知らず知らずのうちに、きっと呼吸が浅くなっているだろう。
そう思って、まずはこの言葉をモットーに朝の坐禅を始めました。
ところが、案外難しい。
もう、すっかり
浅く呼吸をすることに慣れてしまったのでしょう。
思った以上に、「調った呼吸」をするのが容易ではない。
意識して大きく深呼吸することは、今までにもあったわけですが、
静かに、深く、ゆっくりと。
これが、なかなか上手くいかない(僕の場合)。
まだまだ、調心どころではないようです。
(しかも、最近は寝坊ぎみだし・・・)
2007.12.14
10分間
坐禅をしていると、
たかが10分間が、本当に長く感じられます(まだ未熟なので)。
たかが10分間が・・・
普段の生活の中では、10分どころか30分や一時間は
平気で「何をするともない時間」を過ごしちゃったりしてるのに、
坐禅時の「さぁ、何もしないゾ」と決意しての10分間は、
ちょっとしんどい。
日常に埋没した10分も、心身リセット中の10分も、
同じ「10分」のはずなんですけどね。
意識の向け先次第で、こんなにも違う10分、
を実感中。
2007.12.08
自己流
坐禅と言っても、
うちには畳も座布団(坐蒲)もないので、ベッドの上に坐ります。
お尻の下に、たたんだ毛布を敷いて。
足の組み方。
恥ずかしながら、足の関節が硬過ぎるようで、
結跏趺坐も半跏趺坐もできせん。
なので、しかたなく胡座(あぐら)で。
手は白隠流。
目は半眼。
そうして姿勢と呼吸を整えた状態で、
だいたい十分程度、坐ります。
胡座だと、やはり姿勢の安定度がイマイチです。
一度だけ、無理して半跏趺坐をキメてみたところ、
見事に上半身が安定したのを感じました。
でもやはり「この足で坐り続けるのはムリ・・・」と断念。
坐禅と平行して、足のストレッチも日々やっているので、
いつの日か、半跏趺坐(欲を言えば結跏趺坐)で
坐れるようになりたいです。
2007.12.06
坐っています。
「坐禅とは坐る禅です。」
ある本に、こう書かれていました。
いたって当たり前というか、そのまんまというか・・・
ですが、僕にとっては、この「まんま」が、
とても気付きを得る言葉となりました。
禅とは、ややこしい問答を交わすことではなく、
シャバから身を遠ざけ、一所に籠ることでもなく、
出家することでもない。(もちろん、それも大切な制度でしょうが)
ただ坐る。(← ところが、この「ただ」が難しい!)
つまり、坐ること、それがそのままで禅の体現なのだと。
ヘンな言い方ですが、坐禅している時、
その坐る者は「禅」しているのだ、と。
そう解釈することで、
とても自由になれた気がしたのです。
ということで、しばらく前から、
少しづつ(そして、かなり自己流)ではありますが、
坐っています。
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